2-2. 世界のカタチが変わる

2-2-2. デフレスパイラルのゆくえ



2-2-2a

過去の経済理論が通じない新しい環境
  • 現在、日本を含めて先進国は軒並みデフレ圧力に苦しんでいる。インフレに対しては、過去さまざまな経済対策が行われ、実績もある。だが、これだけ長期にわたってデフレが続いたのは歴史上初めてのことである。
  • 長期にわたってデフレが続いている原因は、端的に言えば「グローバル化」だ。グローバル化によって世界経済の構造自体が今までとは違う形に変わりつつある。一方、今までのマクロ経済学は、「政府」「企業」「家計」を基本単位に、国内に閉じられた環境をモデルとしている。だが前提となる社会環境が大きく変わってしまったため、現在の経済学では有効な処方せんが出せないのが実情である。
モノの値段がすべて下がっているわけではない
  • 今後デフレはどこまで進んでいくのだろうか。そして、将来的に物価はどのようになっていくのだろうか。最初に理解すべきは、「デフレ」といってもすべてのモノの価格が下がっているわけではないということである。上のグラフは消費者物価指数の推移をまとめたものである。一目で分かると思うが、価格が大きく下がっているのは家電やパソコンといった耐久消費財である。食料品の価格は下がっていないし、光熱費や水道代など資源に近いところは、デフレといわれる中でも価格は上がっている。
  • 耐久消費財の価格が大きく下がっている理由は、「海外生産」が進んだためである。人件費や土地代が安く抑えられたことで、製造コストが大きく下がった。特にハイテク製品ほど設備投資の割合が大きく、海外生産によるコストダウンの効果が大きく出やすい。
  • 以上のような、世界経済の構造的な変化を踏まえて、デフレは今後どうなっていくのだろうか。結論としては、先進国におけるデフレ基調は2025年ごろまでには底を打ち、それ以降は世界経済全体がインフレに向かっていくと私は予測する。
先進国のデフレスパイラルは2025年ごろ底を打つ
  • 人件費を安くすることによるコストダウンもいずれ底を打つ。インフレを背景とする、新興国の人件費の上昇は既に深刻な問題となりつつある。一方、先進国では、非正規雇用の拡大などによって実質的な人件費削減を進めている。先進国の人材の多くは高等教育を受けており、新興国に比べてやはり質は高い。単純労働ならともかく、高度な仕事をするためには人材の質を高める必要がある。それには教育が不可欠であり、新興国が先進国にキャッチアップするのは長い時間がかかる。全体で見れば、新興国の人件費は先進国の1/2~1/3くらいのところで頭打ちになるだろう。
  • 詳細は[2-4-7. 雇用に対する社会意識の変化]で述べるが、これから雇用に対する社会の見方も大きく変わっていく。海外での生産は、輸送や通関など付加的なコストがいろいろかかる上、マネジメントも大変だ。人件費を含む総コストがそれほど変わらないのであれば、国内で生産しようという動きは今後さらに活発化する。国内での安定雇用を拡大するために、政府も政策的にそれを後押しすることになる可能性が高い。
  • 以上のような変化を背景に、2025年ごろには先進国におけるデフレ基調は底を打ち、世界経済全体がインフレ傾向になっていくだろう。もちろん、対象とするモノによって、原材料費や設備投資、人件費の割合は違う。ここで解説しているのは全体のトレンドを模式化したものである。
  • 先述したように、いわゆる“デフレ”下にあっても資源やエネルギーの価格は下がっていない。そして今後はさらに[2-2-1. 「カネ」から「モノ」へ ~塗り替わる世界の勢力図]で述べたように、世界的な需要拡大や資源ナショナリズムを背景に、これらの価格の上昇が加速する可能性が高い。特に2020年ごろにはインドの経済成長が本格化し、それが世界的な需要逼迫を決定付けるものとなるだろう。「囲い込み」が当たり前になり、資源などの価格高騰へとつながっていくだろう。
  • これまで多くのメーカーは、安い土地や人件費を求めて新興国へのシフトを進めていった。現在はさらに安い土地や人件費を求めて世界中の“奥地”へと進んでおり、まだ新たに開発できる余地もかなり残っている。このような土地や人件費を安くすることによるコストダウンは当面続くだろう。
  • 近年、新興国の多くはインフレ率が高く、それに伴って不動産価格の高騰が続いている。インフレを背景に、土地代の安さという優位性は徐々に失われていくだろう。設備投資については、新興国の国内消費を賄うだけならば最新の設備を整えることは必須要件ではない。いわば先進国ビジネスで償却済みの技術を“使い回す”だけでよく、設備投資は格段に下がる可能性が高い。設備や土地関連のコストは、トータルではいずれ横ばいになっていくだろう。
  • 2-2-2b

  • 中国の工場労働者の月給は一般的に5万~6万円程度である。一方、日本の工場労働者は月額20万~30万円はもらっている。大ざっぱに言えば、人件費はいまだ4~6倍近い開きがある。さらに、インドなど中国より人件費が安い国はほかにもいろいろある。単純労働でも同じものが作れるならば、コストが安い所を使おうとするのが当然だ。先進国と新興国でこれだけ人件費の差がある以上、汎用品については今後もコストダウンは続いていく。
世界経済全体に強い「均衡圧力」が生じる
  • 下のグラフは主要国の1人当たり所得(GDP)を並べたものである。同じ地球上にありながら、なぜこれだけの経済格差がみられるのだろうか。一言で言えば、「国が違う」から。国境が経済力の差を生み出していた。だが近年、グローバル化によって、国を隔てているさまざまな“壁”が取り払われつつある。技術や資金、情報などあらゆるものが流動化するようになった。その結果、「世界経済のフラット化」が必然として進んでいる。水が高いところから低いところへと流れるように、世界経済全体に強い「均衡圧力」が生じているということだ。「均衡圧力」とは、先進国で新興国からの格安品が流入することで物価や人件費が下落し、「デフレ圧力」が生まれるということと同義である。
  • その一方、新興国では先進国における高い物価の影響を受けて「インフレ圧力」が増大している。特に、中国とインドは世界人口の4割近くを占めており、安い労働者を大量に抱えている。両国が経済成長を続けていることは世界全体の生活水準を「底上げ」することを意味するからだ。
  • グローバル化の進展によって、世界経済では新たな国際分業の形も生まれつつある。「クリエイティブ」を担う先進国(1人当たりGDPが3万ドル以上が目安)、「資源供給」を中心とするロシアやブラジル(同1万ドル台)、巨大人口を背景に「労働集約型の生産」を柱とする中国やインド(同1万ドル以下)、という3つのグループに大別できる。
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中国やインドは、将来的にも「先進国」にはなれない
  • 2015年の中国の1人当たりGDPは8141ドルにすぎない。仮に2025年までの10年間、中国が奇跡的に7%成長を続けたとしても、1人当たりGDPは1万6015ドルである。高齢者の割合が増えて人口オーナス期に入れば、ビジネス構造がよほど変わらない限り、その後の大きな成長は期待できない。
  • その間にも、先進国は金融や知財収入など「不労所得」を主体にさらに所得を伸ばす可能性が高い。つまり、中国やインド、そして新興国の大半は、このまま行くと「先進国」には永遠に追いつけないということである。それどころか、現在の先進国としての経済水準にさえ届かないだろう。将来の世界像を考える上で重要なポイントは、「中国やインドは、経済的な面では将来的にも先進国にはなれない」ということだ。これも、「世界市場は2つの異なる価値観に分かれる」と予測する根拠である。
  • [2-1-5. モノづくりの前提を変える「サステイナビリティ」]で解説したように、中国は2030年ごろには、高齢化によって非労働人口の割合が増加する「人口オーナス期」に突入する。「人口オーナス期」へと向かうのは、どの国も基本的には同じであり、新興国も例外ではない。成長のために残された時間は限られているということだ。その時間の中で、産業構造を「工業」からさらにもう一歩、「サービス」へと進めるのは現実的に難しい。人材育成や文化的な洗練には時間がかかるからだ。
  • 国全体の平均所得を底上げするためには、歴史的には、民主化によって所得の再配分を行うと共に教育水準を上げ、中産階級を育てるというプロセスをたどるのが一般的だ。だが現在新興国と呼ばれている国々のほとんどは、豊かな人がより豊かになっているだけであり、経済格差は拡大する一方である。そのため、新興国の大半は1人当たりGDPが2万ドルまで届かないうちに頭打ちとなるだろう。「中進国の罠」と呼ばれる成長の壁である。