2-1. 未来を創る3つのメガトレンド/ビジネス潮流の変化

2-1-6. 生命の常識を変える「ライフ・イノベーション」



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テクノロジーによって「生命の設計図」が改変可能に
  • 「ゲノム」とは、簡単に言えば「遺伝情報」のことである。DNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる4つの塩基の配列情報であり、それが「生命の設計図」となっている。ヒトゲノムは約31億対の塩基配列で構成されており、2003年4月にその99%が99.99%の正確さで解明された。しかしこれは、コンピューターにたとえれば、0と1のデータ配列が分かったという段階だ。それがプログラムとしてどのような意味があるのかは、いまだほとんどが謎である。そのため世界中の研究者が先を争って研究している。
  • ゲノムは「生命の設計図」である。その解読が進むことは、「生命のメカニズム」の究明が急速に進むことでもある。例えば、なぜ病気になるのか? 老いとは何か? それを止めることはできるのか? 逆に成長スピードを速めることは可能なのか? など、命にまつわる根源的な仕組みが分かり始めてきた。事実、ゲノム解析が始まったことで、医療をはじめ、農業、漁業、畜産など生命にかかわる幅広い産業分野で、今まで考えられなかったような変化が次々と起こっている。
  • ゲノム関連でもう一つ重要な変化は、テクノロジーによって遺伝子を改変できるようになってきたことだ。最近は「ゲノム編集」という言葉が注目され始めている。遺伝子の一部を入れ替えるのはもちろん、他の生物の遺伝子を組み込んだり、さらには遺伝子の一部を人工的に作ることなどが現実に可能になってきた。しかもそれは、大学の研究室レベルで学生たちが扱えるほど身近なものになってきている。
  • 例えば医療分野では、原因遺伝子が特定されたことで、病気を根治したり、発症そのものを予防したりということが実際に可能になってきた。自らの細胞を培養することで、皮膚や筋肉、網膜などを作り直す「再生医療」も始まった。
  • 2012年、京都大学の山中伸弥教授が「iPS細胞」に関連してノーベル賞を受賞したことが大きな注目を集めた。一般には「iPS細胞」と呼ばれる万能細胞を作ったことによって受賞したと思われている。しかし、山中教授が高く評価されたのは「細胞の時間を巻き戻せる」ことを発見したことである。レトロウイルスを使って遺伝子の“スイッチ”をたった4つ入れるだけで、皮膚細胞などから“生まれた直後”と同じような万能細胞を作ることができる。生まれた直後に戻すというのは、細胞レベルで時間を巻き戻すことが可能であるということ、すなわち「若返りができる」ことを実証したのである。
  • さらに言えば、細胞には「テロメア」と呼ばれる部分がある。一般に細胞は30~50回ほど分裂を繰り返す。分裂を繰り返すたびにこのテロメアが短くなり、それが細胞の“時計”のような役割を果たしている。しかし、後の研究でiPS細胞を作る際に、テロメアの長さも元に戻すことができると分かっている。それはまさしく細胞レベルでの「若返り」であり、“細胞のタイムマシン”を見つけたことに等しい。
  • iPS細胞は、同時に「老化」とは何か? という生命の根源に迫るものでもある。今後10年以内に「老化」のメカニズムがほぼ解明されるだろう。それによって、老化を遅らせる「アンチエイジング」技術が進歩するのは確実である。さらには近い将来、皮膚など部分的に「若返らせる」ことも可能になるかもしれない。
農業や漁業における遺伝子組み換え技術の応用
  • ゲノム解析の進展によって、農業や漁業などの食料分野でも驚くような変化が始まっている。人為的に遺伝子を組み換えられた生物は、自然界には存在しないものである。いわば「人工生物」だ。全く違う種類の遺伝子の一部を組み込んだり、動物と植物という「種」を超えた遺伝子組み換え生物も実際に生まれている。
  • 遺伝子組み換えの本流とも言うべきは「微生物」である。微生物はシンプルな構造で、遺伝子の組み換えがしやすい。人間が自然の中でさまざまなものを消費する一方、使ったものを自然に還す「循環」を担っているのは微生物である。人間の消費を「動脈」と見立てるなら、自然の中で微生物は「静脈」としての役割を果たしている。
  • 社会を将来にわたって持続可能にするためには、「使ったらきちんと元に戻す」という循環のプロセスを確立することが不可欠である。循環の鍵になるのは微生物だ。そしてここにきて、人類は生命のメカニズムを理解し始め、さらにそれを改変する技術を手に入れ始めたのである。
  • 今後サステイナビリティ意識の高まりと共に、鉱物資源など「無機物」の有限性が強く意識されるようになっていく。その中で社会を持続可能にするためにも、再生可能な資源である「有機物」を積極的に使おうという機運が高まっていく。
  • 有機物は分子量が大きく、化学で作るのは一般に難しい。有機物を安定的に大量生産するためには、生物を工業的に利用する必要がある。みそ、しょうゆ、酒、ヨーグルトなど、生物を工業的に利用して、人々の生活に有用な有機物を安定的かつ大量に生産するということは古くから行われてきた。そして今、人類は遺伝子をテクノロジーによって操作する技術を手に入れたのである。微生物を伝統的に扱ってきた産業が大きく変わることはもちろん、工業原料やエネルギーを大量に生産するためにも微生物を積極的に使う動きが活発化していくだろう。
  • ゲノム解析はまだ始まったばかりである。同じく、遺伝子操作も入口に立ったばかりにすぎず、手探り状態にある。これから遺伝子操作の技術は急速に進歩するのは確実であり、それによって信じられないような成果を数多くもたらすはずだ。だがその反面、当初は想像もしなかったようなリスクも引き起こすと私は予測している。「ゲノム」技術は、人類に「素晴らしい成果」と「想像もつかないリスク」の両方をもたらすという意味で、「原子力」によく似ている。ゲノム技術の広がりと共に、そのリスクも社会の中で徐々に認識されるようになっていくだろう。
ゲノム解析がもたらす医療の革命的な変化
  • もし「これから最も大きく変わる産業分野は何か?」と尋ねられたら、私は迷わず「医療」と答える。ゲノム解析が進む中で、「なぜ病気になるのか?」「人間はなぜ老いるのか?」といった、生命の根源にかかわるようなことが次々に分かり始めている。生命の設計図に基づく新しいタイプの医療が始まっているからだ。鎖国時代のような閉鎖的環境からグローバル化が一気に進む。そして「命は誰でも平等」という社会主義的な考え方から、お金さえ出せば臓器さえ換えられる、という資本主義の極みのような考え方へと変わるからだ。その変化の度合いは、ほかの産業と比べて最も大きいと言えるだろう。
  • 2013年5月、米国の人気女優アンジェリーナ・ジョリー氏が、乳腺を切除する手術を受けたことが世界的に大きなニュースになった。彼女は「BRCA1」と呼ばれる遺伝子を遺伝的に受け継いでおり、これがあると8割以上の確率で乳がんになることが近年の研究で分かってきた。そのため、予防的措置として手術に踏み切ったのである。だがこれはほんの一例にすぎない。ゲノム解析の専門家によれば、遺伝病の原因となる遺伝子は既に6000以上が特定されているという。
  • 原因となる遺伝子が分かるということは、その働きを抑えられる物質が見つかれば病気を根治できるということでもある。さらには、特定の病気になりやすいことが分かれば、発症を待ち構えて集中的に検査し、超早期で治療することも可能になる。それどころか、さらに将来的には、原因遺伝子を修復することでいろいろな病気の発症を防ぐこともできるようになるだろう。
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  • ゲノム情報によってさまざまな疾病のリスクが分かるようになってくる。原因遺伝子が分かれば、予防用サプリなどを飲むことによって発症を未然に防ぐこともできるようになる。これからの予防医療では、さまざまな病気の発症を「リアル」に防ぐことが可能になるのである。次世代医療では病気を「治す」だけではなく、いかに「防ぐ」かが重要テーマになっていく。ビジネスとしても裾野が広く、極めて大きな成長が期待できる分野である。
医薬品は「化学」から「生理学」へ
  • ゲノム解析が進む中で、医薬品も根本から変わり始めている。従来の医療では、同じ病気には同じ薬を処方するのが当たり前だった。だが実際には、薬の効き方は人によって違う。それは「体質」が違うからだ。31億対あるDNAのうちの0.03%、約100万対は個人によって違うという。最近の研究で、このDNAの個人差が「体質」の違いにつながっていることが分かり始めた。
  • ゲノムを解析を行うためには、当初は数億円の費用と数カ月の時間がかかるのが当たり前だった。だが技術革新によって、国内でも1万~5万円程度で比較的に手軽に調べられるようになった。ゲノム検査が前提になることで、個人のゲノムのタイプ(体質)に合わせた「オーダーメイド」での治療が可能になる。病気の原因となるたんぱく質にピンポイントで作用するので、高い効果が期待できる。その上、副作用のリスクは格段に少なくなるはずだ。さらに、これまでごく少数のケースでも重篤な副作用が出るため使えなかったような薬も、ゲノム検査が前提となることで使えるようになる。
  • 薬の作り方も大きく変わってくる。西洋医学は経験に基づく「対症療法」を目的とするものが大半である。そして医薬品は「化学」物質であった。それに対してこれからの医療は、生命のメカニズムに基づいて治療することになる。病気の原因に直接作用することで「根治」も可能になる。
  • 原因遺伝子があるということは、そこからできるたんぱく質が原因物質ということになる。その働きを抑制するために必要なのは、一般に「高分子」なたんぱく質(アミノ酸や核酸など)である。これらの物質を作るには化学合成では難しい。生物を利用して量産するのが一般的だ。例えばインスリンは、大腸菌などに特殊な遺伝子を組み込んで培養するという手法が採られる。微生物を使って薬を生産するというのは、製薬業界では既に一般的な技術である。製薬における学術的な主役は、「化学」から「生理学」へと移り変わっていくことになる。
ゲノムがもたらす医療業界の変化
  • ゲノム技術を中心とする医療の革命的な変化は、医療業界全体を大きく変えることになる。先進医療は単価が高く、全員がその治療を受けるというのは現実的には難しい。先進医療の多くは「自由診療」での対応が中心になると予想される。その結果、「医療格差」が深刻な社会問題としてクローズアップされるようになるだろう。
  • ゲノム診断やハイテク医療などに対応するためには、さまざまな設備投資が必要になってくる。しかし、個人経営では資金力に限界があるため、医療分野では法人経営化が急速に進む。さらに、高度な医療を求めて日本を訪れる外国人患者が増加する。その一方で、最先端の医療技術や、反対にリーズナブルな価格の医療サービスを求めて、海外へ向かう日本人患者が増加するのも確実である。このような医療の「グローバル化」に対応するために、医療専門の通訳サービスやコーディネーターなど、さまざまな関連ビジネスが生まれるだろう。
  • 革命的とも言える「ゲノム医療」や「アンチエイジング」の進歩などによって、平均寿命が一段と延びる。これから年を追うごとに生命のメカニズムの解明が進んでいくだろう。それによって医療技術も格段に進歩する。それは、当初の予測以上に平均寿命が延びるということである。私は、今生まれてくる子供たちの半分は100歳まで生きることになると予測している。
  • それは厚生労働省が現在想定しているほど人口減少は進まない、ということでもある。寿命が延びるのはもちろん喜ばしいことだ。だがその一方で、画期的な治療法が出てきても、すべての人々がそれを受けることは財政的に難しいという現実がある。ゲノム医療は、結果的に「医療格差」という新たな問題を引き起こすことが予想される。このような変化は、医療や製薬、ヘルスケア業界はもちろん、保険業界などに新たなビジネスチャンスを生み出すことにもなる。
社会システムの抜本的な見直しが迫られる
  • 平均寿命が延びてくると、新たな課題も浮かび上がってくる。典型的なのは、定年の考え方や年金制度といった社会システムへの影響である。これらの制度が最初に設計されたのは1960年代だが、そのころの平均寿命は男性が65歳、女性が70歳であった。家庭内分業(男性は外で仕事、女性は家事)という生活スタイルが一般的であり、60歳に定年を迎えて男性は平均5年、女性が10年の「余生」を年金で暮らすというのがもともとの想定であった。
  • それが今では男性の平均寿命は81歳、女性は87歳まで延びているため、男性で21年、女性では27年もの引退後の生活が待っている。今の社会制度に照らし合わせると人生の1/4近くであり、余生と呼ぶにはあまりにも長い。現在、年金の受給資格は原則65歳からに引き上げられたが、それでも年金受給期間は15~20年以上と当初の想定より2~3倍も延びている。
  • 労働人口(生産年齢人口)は1995年をピークに減少が始まっており、掛け金を負担する側の絶対数は確実に減り続けている。厚生労働省では、2005年時点で「3人で1人の高齢者の生活を支えている状態にある」と試算している。現役世代の負担は今後さらに増えて、2030年には1.9人で1人になると見込まれている。60歳以上が全人口の1/3を占めるようになると、現行の制度を持続するのは難しくなる。「手直し」する程度では対処できないのは明らかだ。
  • ゲノム医療や再生医療といった画期的な技術が実用化すると、平均寿命はさらに飛躍的に延びる可能性が出てきている。アンチエイジング技術の進歩などを含めると、将来的に平均寿命が100歳を超えることも現実味を帯びている。寿命が長くなるのは喜ぶべきことだが、社会システムの見直しも避けては通れない。
  • 先進国では、肉体的な衰えを理由に60歳や65歳で「定年」とする制度は実情に合わなくなってきている。高齢者が培った経験や知識、人脈が失われることは大きな損失であるのはもちろん、社会的にも納税の減少、社会保障費の増加で負担が重くなるなど、何重もの損失になっている。人口動態から考えて、これから人手不足がますます深刻化するのは確実だ。働く意欲も能力もある人材を半強制的に引退させるシステムを見直そう、という機運が高まってくるだろう。
  • 今後5年以内に、現行の年金や医療制度は破綻宣言が出されると私は予測する。いずれにしても、抜本的な見直しや大幅な給付削減は避けられない。社会福祉制度の中では十分な医療が受けられない、経済的に暮らせない人たちが数多く出てくると思われる。不足分を補うための民間の保険や積立年金への注目度が高まっていく。だが営利を目的とする民間の商品と、相互扶助や福祉を目的とする社会保障は別物である。これまで「自由化」を旗印に「小さな政府」が良しとされてきたが、「責任ある政府」を求める声が強くなっていくだろう。
「食」分野でも画期的な変化をもたらす
  • 遺伝子の働きは、人間と植物、動物の間でもさまざまな共通点がある。医療分野で遺伝子の研究開発が進むことで、食料分野でも遺伝子組み換え技術が急速に発展することが予想される。それは逆も然りであり、農業や畜産分野におけるゲノム研究から、画期的な医薬品や治療技術が生まれる可能性もある。
  • 遺伝子組み換え技術の象徴とも言えるのは、遺伝子組み換え作物(GM作物)である。例えば大豆は、今や遺伝子組み換えではないものを探す方が難しいほどメジャーな存在になっている。トウモロコシや大豆、小麦、コメなど、米国から始まったGM作物は、今や世界中に急速に広がりつつある。遺伝子組み換え技術を利用することによって、生産性の高いものや、気候の変化や病虫害に強いもの、さらには特定の栄養素を強化するなど特殊な農作物を作ることも可能になる。
  • 生産面における遺伝子組み換えの大きな問題は「モノカルチャー化」である。遺伝子組み換えされた農作物は基本的に均質である。均質であることは工業的に見れば品質のバラつきが少ないということであり、好ましいことではある。だが、遺伝子が均質であることは、一方では、特定の病虫害によって一気に全滅するリスクを抱えることにもなる。GM作物が世界中に広がれば、世界的な食料危機が起こることさえ想定される。
  • 近年、鳥インフルエンザや牛のBSEが大きな被害をもたらすようになった。その原因は短期間で交配を繰り返したことで、遺伝子の均質化が進んだからに他ならない。自然界で遺伝子が多様化している大きな理由は、「種」として生き残るためである。環境変化は常である。たとえ強力な病虫害が発生したとしても、遺伝子が多様であればどれかが生き残れる可能性が高くなる。しかし人類は効率を追求するあまり、遺伝子の均一化を進めている。いずれ原子力における「福島第一原子力発電所事故」に匹敵するような大事故が起こり、遺伝子の均質化を進めることがいかに愚かで危険であるかを世界は認識することになる。そして、[2-1-5. モノづくりの前提を変える「サステイナビリティ」]で解説したように、サステイナビリティの一環として生物多様性を真剣に考えるようになる。それまではテクノロジーを追求し、効率優先のGM作物や体細胞クローンなどの利用が世界的に広がっていくと私は予測している。
  • 遺伝子組み換え作物は専用の種を必要とするので、コストが高くつく。そのため、大規模経営が前提となる。いずれにしても農業のホワイトカラー化は不可欠だ。多額の設備投資が必要になるため、個人経営のままでは限界がある。必然的に農業は法人経営化が進んでいくことになる。農業を将来にわたって持続可能にするためにも、家業から組織運営へ変わっていくのはやむを得ない、と徐々に理解されていくだろう。
  • 遺伝子組み換え作物に関連する消費面からの問題は、その安全性が分からないまま、“なし崩し的”に使われていることだ。しかも大抵の場合、消費者は遺伝子組み換え作物を食べているということさえ気付かないまま口にしているのが実情である。例えば、ジュース類などで使われている甘味料には、一般に「果糖ブドウ糖液糖」と呼ばれるものが使われている。これは別名「コーンシロップ」と呼ばれるもので、トウモロコシを化学的に加水分解することによって作られている。そしてそのトウモロコシは米国で生産されたもの、つまり約9割は「遺伝子組み換え」ということだ。このような化学的な処理をされてしまえば消費者には分からないし、法的にも表示する義務はない。
  • 遺伝子組み換え作物は、これまでにもさまざまなリスクが指摘されている。だが、現時点では有害であるという科学的証拠はなく、米国も日本も政府は「安全性に問題はない」という立場を取っている。しかし注意しなければいけないのは、「科学的に有害であることを証明できない=安全」とはならないということ。科学的に理解できることなどほんの一握りにすぎない。例えば、最先端のテクノロジーをもってしても、人類はいまだ「光合成」さえできないのが現実である。
  • 遺伝子組み換えは農業だけではなく、漁業にも広がり始めている。米国では、別の魚種の遺伝子を組み込むことで成長スピードを約2倍に速めた遺伝子組み換えサーモンが“フランケン・フィッシュ”と呼ばれて注目を集めている。2016年8月、米国食品医薬品局(FDA)は、「安全である」として販売を正式に承認した。このままいくと数年後には日本の消費者も、気が付かないまま口にすることになるだろう。現時点では輸入を規制する法律はなく、フライなどに加工されたり、“鮭ふりかけ”など加工品の原料として使われたりすると分からなくなってしまうからだ。先述したように、ジュース類では既に同じようなことが起こっている。
  • 安くて便利であればリスクがあっても遺伝子組み換えを受け入れるか、歴史的に安全性が担保されている昔ながらの食品を選ぶか、消費者によって選択は大きく分かれることになる。確実に言えるのは、遺伝子組み換え技術の浸透によって、「食の安心・安全」は今までとは次元の違う重要テーマになっていくということである。
サステイナブルの鍵を握る微生物、「静脈産業」へ
  • 社会を持続可能にするために、これからはあらゆる分野で「使ったものは自然に還す」ということが求められるだろう。先述したように、自然界において「循環」を担うのは「微生物」である。これまで環境処理は「儲からない」というのが半ば常識であった。誰も積極的にやりたがらないため、ごみの回収や汚水処理などは一般的に公共事業として行われてきた。工場などの廃棄物や排水処理などについても、CSR(企業の社会的責任)として、本音を言えば仕方なくやってきたというのが実情である。
  • だが考えてみてほしい。例えば肥え(糞尿)は、江戸時代までは専門業者が縄張りを作り、金銭を払ってまで積極的に回収していたものである。発酵が進んだ糞尿は微生物による分解が進み、土壌に栄養分を還元して植物を育てる。化学的な見地から言えば、非常な有用な有機物なのである。近代化の中で、効率よく生産することだけをひたすら追い求めたため、静脈部分にあまり目が行かなくなっていたのである。
  • 最近は、「静脈プロセスはビジネスとして魅力がある」ことに多くの事業者が気付き始めた。環境処理だけを考えると採算が難しく、補助金がなければ続けられないという事業者が多かった。だが、環境処理の結果、“お駄賃”として有用な資源やエネルギーがもたらされるということに気付き始めたのである。「環境+生産=静脈ビジネス」という形で複合化することで、採算性が大きく変わった。それに加えて、エネルギーの固定価格買取制度によって再生可能エネルギーが優遇価格で買い取られるようになったことで、ビジネスとしての魅力がさらに高まっている。実際、ノルウェーやスウェーデンではごみが足りなくなり輸入までしている。ごみは今後“儲かるビジネス”へと認識が変わっていくだろう。
  • 化学やナノテクノロジーを使うよりも、自然の力を利用した方がはるかに効率よく資源を回収できるものがいろいろある。資源を回収するために生物を工業的に利用するという動きが活発化していく。そこでは当然、遺伝子組み換え技術も積極的に利用されるはずだ。
  • 微生物を使った資源回収の代表的なものは、「バイオミネラリゼーション」である。例えば、貝殻は海水中のカルシウムを原料として形成される。これは見方を変えれば、「生物は海水中のカルシウム資源を効率よく回収している」ということである。ほかにも、ホヤの一種はバナジウムを1000万倍の濃度に凝縮して集める性質を持っている。このような生物の働きを利用することで、さまざまな資源の生産が可能になる。そこに遺伝子組み換え技術を加えることで、今までは考えられなかったような高効率で資源を回収できる可能性がある。
  • バイオミネラリゼーションは海の中だけではなく、汚染された土地や水を浄化したりする際にも応用できる。サステイナブルな社会を作るという時代のニーズにかなう上に、環境処理の費用、さらに何らかの資源を回収(=生産)するという複合的なビジネスが可能になる。収益性も非常に魅力的なものに成長していくだろう。