2-1. 未来を創る3つのメガトレンド/ビジネス潮流の変化

2-1-5. モノづくりの前提を変える「サステイナビリティ」



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「サステイナビリティ」がものづくりの前提を変える
  • 最近「サステイナビリティ」という言葉を目にする機会が増えている。一般に「持続可能性」と訳されるが、これを「環境問題の一部」や「CSR」(企業の社会的責任)と捉えている人が多い。「サステイナビリティ」とは何か。一言で言えば、モノが「足りない時代」が本格的に始まるということだ。
  • 今は、エネルギーや食料、資源など、お金を出せば基本的には好きなだけ買える。だが近い将来、そうではなくなるだろう。地球の限界を嫌でも意識せざるを得なくなる。あらゆる分野で「循環」と「持続」が求められるようになる。そして、ビジネスの在り方や価値観、消費行動など、さまざまなものを見直すことを余儀なくされるだろう。
  • 日本にいると人口減少に目を向けがちだが、世界では人口の爆発的な増加が続いている。2015年現在、世界人口は73.5億人である。だが思い出してほしい。人口が50億人の大台を突破したのは1987年。バブル崩壊の少し前である。さらにその半分、25億人だったのは1950年。団塊世代が生まれたころであり、遠い昔のことではない。
  • 人類の歴史は約500万年といわれている。そのような長い年月をかけて25億人まで増えた人口が、我々の記憶にある範囲――人類の歴史の中の“ほんの一瞬”で約3倍に増えているのである。世界人口は今後も増加が続き、国連では2050年には100億人近くまで増えると予測している。
  • 人口が増えれば、当然より多くの食料や資源、エネルギーが必要になる。さらに経済成長による影響も見逃せない。食べ物を例にとると、生活が豊かになれば、「よりおいしいモノ」(=肉)を求めるのが普通だ。肉を生産するためには、餌として多くの穀物が必要になる。鶏肉の場合、生産量1kg当たり4kgほどの穀物を要するという。豚肉は7kg、牛肉なら11kgと増えていく。つまり、人口の増加分だけではなく、経済成長によって「ぜいたく」になれば、さらにその何倍ものペースで農作物も増産しなければならないということだ。
  • だが果たして、そのような大量の食料を供給できるだろうか。中国に加えて、これからインドでも本格的な経済成長が始まると、食料需要がどうなるか想像してみてほしい。世界規模の「食の争奪戦」は、既に現実化している。世界市場では需給の逼迫が目立ち始めており、食料を外国に輸出することを制限する「食料ナショナリズム」の動きが強まっている。
  • 例えば中国では、穀物の輸出を促進するための奨励金を2007年に廃止し、逆に小麦、トウモロコシ、コメ、大豆および大豆加工品に対して輸出関税をかけるようになった。インドではインフレを抑制するために小麦、コメ、タマネギ、乳製品の輸出を無期限で禁止している。2010年には、農業大国であるロシアやウクライナが、干ばつに見舞われたことで期限付きながら穀物の輸出を全面禁止するという事態も現実化している。
  • 中東諸国やインド、中国、韓国などの国々が、途上国で農地確保に乗り出す「ランドラッシュ」と呼ばれる現象も起こっている。日本や韓国は先進国の中でも食料自給率が特に低い。日本の食料自給率はカロリーベースで39%(2015年度)にすぎず、食料の大半を輸入に頼っている。新興国や発展途上国にとって農作物は外貨を稼げる貴重な商品であり、その買い手である日本は得意先であった。しかし、2008年ごろから小麦の価格が暴騰するなどし、日本は世界中から食料を買いあさる国として非難を受けるなど風向きは完全に逆になった。
  • 水や農地に限りがある上、環境破壊や人手の確保、さらには水の確保という問題もある。特に深刻なのは「水」の問題である。「世界の穀倉地帯」と呼ばれる地域では、今やそのほとんどが「水不足」に悩まされている。水は自然の中で循環している。人口が増え、経済成長しても水が都合よく増えるわけではない。水が足りなくなるのは当然である。[3-2-1. 食料生産・輸出]で解説するが、近年の中国では水の絶対量が足りない上に、水の汚染による影響も深刻化している。将来的に中国の経済成長にとって最大のブレーキとなり、最も大きな生活不安になるのは水の問題になるかもしれない。私はそう予測している。いずれにしても、世界全体の中で水の問題は極めて深刻なのは間違いない。そして、海外から食料の大半を輸入している日本にとって、この問題は決して他人事ではない。
「もう一つの中国」
  • 人口が増え続けているのは新興国である。特に中国とインド、この2カ国は世界総人口の4割近くを占める。インドは中心世代が20代であり、まだ若い国である。人口が増え、経済が本格的に成長するのはこれからが本番だ。中国は高齢化が進んでいるため、近年は人口増加のスピードが鈍っている。だが、それでも2030年ごろまでは人口は増え続ける見通しである。そのほかでは、インドネシアやブラジルなども今後大幅な人口の増加が見込まれる。
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  • 人口が増加する要因は、いろいろある。例えば、イスラム諸国は全般的に出生率が高い。これは、中東諸国は政情不安が続いている国が多いため、「子は一人でも多い方が有利」という意識が強く働くからだ。戦時中の日本も似たような状況であった。宗教も大きな影響を与えており、例えばカトリック系では堕胎が認められていないため出生率が高い。詳細は[3-3-5. 宗教]で解説するが、世界全体ではイスラム教の人口の割合が今後増えていく。そのことは人口の増加をさらに加速させる要因となっていく。イスラム教では人工中絶を完全に禁止しているわけではないが、それでも他の宗教に比べるとかなり厳しいからだ。
  • 中国の経済がこの15年ほどで急に伸びている大きな要因は、全人口に占める労働人口の割合が多いためだ。働き盛りの労働人口の割合が大きい時には国が繁栄しやすい。この状態は「人口ボーナス」期と呼ばれる。人口動態的に経済が力強く成長する時期である。中国は人口のボリュームゾーンが働き盛りの40代に差し掛かっている。国としては「壮年期」に移行したと言える。だが15年後、中国の中心年齢層は60歳を超え、2030年以降は人口減少期に向かう。「一人っ子政策」によって若年人口はいびつに少なく、男女比も歪んでいる。このボリュームゾーンが引退し始めると、産業構造がよほど大きく変わらない限り、経済成長に急ブレーキがかかるのは確実である。中国の成長は永遠ではない。長くともあと15年である。
  • 一方のインドは、人口のボリュームゾーンが20代という「青年期」の国であり、学校教育が終わった若い世代がこれから働きだす。かつての日本の高度成長期のような状況にあり、人口ボーナス期に突入するインドの経済はこれから急激に伸びていくだろう。2015年時点でのインドの平均所得は約1600ドルであり、15~16年前の中国と似た状況にある。人件費の安さで、地理的にも中国の外注先としても伸びていく可能性が高い。この10年で「もう一つの中国」が誕生するのは間違いないだろう。
新たな経済格差が「サステイナビリティ」を加速させる
  • 人口増加のスピードが急に速まったのは、18世紀後半の産業革命以降である。工業で生産を拡大するには、多くの人手と原材料が必要になる。そのため、海外に植民地を求めて「大航海時代」が始まった。その結果、発展途上国の多くが「植民地」として原料と資源を供給し、先進国がそれらを消費する、という国際分業の構造が生まれた。
  • 20世紀に入り、先進国では人口増加のペースが落ち着いてきたが、発展途上国は労働集約型のまま農業生産を拡大させたため、人口が急激に増え始めた。農作物を生産するには労働力を増やす必要があり、そのために人口が増え、さらに食料が必要になって人口が増える、という悪循環が生まれた。特にコーヒー、紅茶、ゴムなど換金目的の作物を半ば強制的に栽培させられたことが、人口増加に拍車を掛けたといわれている。
  • 新興国の多くでは近年急速に工業化が進んでいる。だが、「南北問題」と呼ばれるこの構造的な経済格差は、いまだ解消されているとは言い難い。近年の中国では、工業化によって農村の若者が出稼ぎに出たことで農業生産力が急激に落ち、食料自給率が下がるということも実際に起こっている。他の新興国でも、この3~4年の間に似たような問題が起こるだろう。近い将来、新興国の食料輸出余力はさらに減少する可能性が高い。そのことは「サステイナビリティ」の問題を一層深刻化させる要因になると私は予測している。
  • 先進国と新興国の経済格差は、今後さらに広がる見通しである。新興国がようやく工業化を果たしても、その間に先進国の多くは投資や知財などを中心とする新しい産業構造へシフトしていく。その結果、「新グローバル資本主義」とも言うべき、新たな経済格差の構造が生まれる。詳細は[2-2-3. 新グローバル経済主義、広がる経済格差]で解説する。マンパワーに依存する新興国のビジネスでは、不労所得によってさらなる富を生む先進国の経済拡大のペースに追いつけなくなる。
  • 人口増加に経済成長による「ぜいたく」が重なることで、世界的な需要は増加し、食料や資源の価格をさらに押し上げることになるだろう。食料や資源の多くを保有しているのは新興国である。新興国では食料や資源などの物価上昇に苦しむ人たちが増え、先進国との対立が深まっていく可能性が高い。食料や資源を“武器”として、新興国は発言力を強めていく。
「足りない」ことがエネルギーを変え、自動車を変える
  • 経済が豊かになれば、より多くの資源やエネルギーが求められるようになる。それを象徴するのが「自動車」である。2010年現在、世界全体では10.7億台の自動車が保有されている(最新データは2014年で、12.1億台)。これが2030年には24億台まで増加する、と私は予測している。
  • 世界全体の新車販売台数は、2000年ごろまで年間約6000万台で安定的に推移していた。自動車を新車で購入できるのは、ほとんど先進国だけだったからである。世界第1位はもちろん米国で、それに日本が続いていた。だがリーマンショックの直後、米国の新規自動車販売台数は大きく減少し、一時は1000万台を割り込んだ。対照的に、中国はモータリゼーションが本格化し一気に世界トップへと躍り出た。新興国市場の成長によって、世界全体の新車販売台数は2015年には約9000万台まで拡大している。米国は1747万台まで回復したものの、中国が2460万台とダントツの世界一を走り続けている。
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  • 一方、人口当たりの自動車保有台数を見ると、米国が100人当たり80.9台、日本や欧州など先進国が60台前後なのに対して、中国の保有台数は10.5台、インドはまだ2.9台にすぎない(いずれも2014年、詳細は[3-3-6. 自動車/モビリティの普及]で解説する)。これからの自動車市場の主役は中国とインドであり、世界全体で見ればモータリゼーションが始まったばかりである。新車販売台数はさらに増加し、 2030年には年間1億2000万~1億3000万台くらいまで拡大すると私は予測している。
  • ここで、将来を考える上で特に目を向けてほしいのは「エネルギー」である。中国の石油消費量は増え続けているが、中国国内での石油生産量はあまり伸びておらず、石油輸入量が年々拡大している。既に中国は、米国に次ぐ世界第2位の石油輸入大国であり、石油自給率は40~45%まで落ち込んでいると推計されている。インドの石油自給率も20%程度と低く、さらにインドでモータリゼーションが本格化するのはこれからである。
  • 中国にとって確実に手に入るエネルギーは、短中期的には石炭を使った火力発電、そして中長期的には原子力発電である。つまりどちらも「電気」である。もしガソリン車を使い続けるとすれば、海外に石油を求め続けなければならなくなる。インドは、国土面積が中国の半分しかなく、エネルギー事情はさらに厳しい。だが、中国やインドが求める膨大な石油を供給し続けることができる国などどこにもない。
  • 中国やインドが将来にわたって自動車を使うためには、エネルギーを有限な化石燃料から「電気」に変える必要がある。彼らにとって電気自動車(EV)への移行は、地球温暖化防止ではなく「エネルギー安全保障」のためであり、必然の帰結である。そのため、国策としてEVの利用を推進することになるのは確実である。「足りない」ことがエネルギーを変え、ひいては「自動車」を変えることになる。
自動車の主役は「電動モビリティ」へ
  • これから自動車を最も必要とするのは、新興国の中間所得層である。だが、現在の「自動車」は先進国を基準に作られている。[2-2-2. デフレスパイラルのゆくえ]で解説するが、新興国のほとんどは、2030年になっても現在の先進国の経済水準には達しない。そのため、新興国の人々が無理なく新車で購入できる、新しいタイプの「移動手段」が求められるようになる。結論的に言えば、これからの主役は「電動小型モビリティ」になるだろう。
  • 「電動化+小型化」によって車両価格と維持費が一気に下がり、「モビリティ」は新興国の人々にとっても身近なものになる。それは、新興国では固定電話をスキップして携帯電話が急速に普及したプロセスと似ている。「電動小型モビリティ」は新興国だけではなく、先進国でもカーシェアサービスなどで積極的に使われるようになる。
  • 2000年ころまでは、世界の新車販売台数6000万台のうち約9割を先進国が買っていた。先進国の人口は約10億人なので、ざっくり言えば「10億人が年間5400万台分の自動車を必要としていた」ということになる。移動手段や輸送手段が必要なのは先進国だけではなく、新興国も同じである。今後世界人口はさらに増え、2030年には約85億人となる。単純計算すれば、4億台以上の「移動手段」が必要になるということだ。2030年の新車販売台数「1億2000万~1億3000万台」というのは、あくまで「自動車」という枠組みの中での予測である。小型電動モビリティを加えると、年間2億~2億5000万台に達するだろう。
お金さえ出せば、資源やエネルギーが好きなだけ買える時代は終わりを告げる
  • これだけ大量の自動車やモビリティを、今までと同じように作り続けることができるだろうか? 例えば自動車のボディは「特殊鋼」で作られているが、そこには鉄やニッケル、さまざまなレアメタルなどが含まれている。これまでの先進国は、資源を主に新興国から当たり前のように輸入していた。だが、新興国にとっては決して「当たり前」のことではない。新興国が資源を輸出してきたのは、ほかに外貨を得る手段がなかったからである。だから今までは“身を削るように”資源を売っていたのである。
  • しかし、今では新興国の多くが国内に加工技術を持っている。原材料や素材のまま輸出するよりも、それを加工して輸出した方が付加価値が高まる上に、国内に雇用が生まれる。何より、限られた資源を国内優先で使いたいと考えるのは当然である。例えば、中国はレアアースを輸出規制したことで国際的な非難を浴びた。だが中国の立場からすれば、13億以上の人口を抱える中、資源が「余っている」という状況などあり得ない。経済発展と共に国内消費も増える。そもそも他国に輸出する「義務」などない。今までの先進国は、お金さえ出せばエネルギーや資源が好きなだけ買えた。だが、これからはそうではなくなる。
  • さまざまな社会環境の変化によって、これから「自動車」のビジネスは根底から変わることになる。エネルギーや部品、技術、顧客、市場、キープレイヤーなど、あらゆるものが変わると言っても過言ではない。一方、自動車は裾野が広く、日本の基幹産業であることは改めて言うまでもない。これらの変化が日本経済に与えるインパクトは、かつてない大きなものになるだろう。
サステイナビリティはリスクであり、新たなビジネスチャンスでもある
  • 社会の成熟化と共に、これからは自分以外の人々や社会全体に対する意識が一層強くなっていく。特にSNSによって人々が「つながる」ことで、周囲への関心はかつてないほど高まることになるだろう。一例として食品分野で言えば、「安心して口にできる野菜やおいしい豆腐を後世に残せるのなら、多少値段が高くても国産を選ぶという消費者が増える」ということである。
  • これまでのビジネスでは、「安くていいものを作る」「できるだけ多く作る」ことが絶対的に正しいとされてきた。価格が安いことは、もちろん消費者にとって歓迎すべきことである。だがその結果、100円ショップに代表されるディスカウントストアが、低価格な輸入品を武器に安売り攻勢をかけたことで、小規模事業者は次々と廃業に追い込まれていった。その結果、多くの人々が職を失い、商品のバリエーションは減り、身の回りには“安っぽい”製品ばかりが溢れるようになった。「やみくもに安さを追求することは長期的にはサステイナブルではない」ということに、多くの人たちが気付き始めている。
  • 大気、水、地下資源など、あらゆるものは有限である。お金を払ったからといって「どう使っても、どう処分してもいい」という権利は本来的にはない。これらは人類共通の貴重な財産であり、それを使うものには責任が伴うという意識が強くなっていく。消費者は、安くても“粗製”されたものは避け、モノを大切に長く使うという意識へと変わっていくだろう。
  • 社会を持続可能にするために、あらゆるビジネスを「持続可能」な形に再構築することが求められるようになる。そのためには、「循環」を強く意識したものへと変わっていく。「サステイナビリティ」意識の高まりと共に、モノ作りの方向性も大きく変わるだろう。複雑なものを作れば、再資源化はより難しくなる。そのため、できるだけシンプルな作りがいいという考え方が広がっていく。同時に、人間の力で元に戻すことができない種類の資源やエネルギーを使うことは極力避けるという意識も強くなっていくだろう。「再資源化」は、環境保護といったパブリックな目的だけでなく、自らのビジネスを持続させるためにも重要となっていく。「サステイナビリティ」は将来的なリスクであると共に、新たなビジネスチャンスでもある。