2-1. 未来を創る3つのメガトレンド/ビジネス潮流の変化

2-1-3. 「インテリジェント・コンピューティング」



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記録から“記憶”へ
  • クラウド・コンピューティングでは、ブロードバンドを通じて「データセンター」が利用できるようになる。データセンターは、構造的にはスーパーコンピューター(スパコン)と同じであり、その処理能力はパソコンとは桁違いである。さらに、保存できるデータ量(ストレージ)はほぼ無限に近い。
  • 「ストレージがほぼ無限に使える」というのは決して大げさな表現ではない。今や市販のハードディスクでも、安いものなら3TB でも1万円程度で買える。つまり1GB当たりのコストは3円を切っている。1GBのストレージと言えば、映像以外のコンテンツなら相当大きなスペースである。企業にとっては今やストレージは使い放題と言えるほどコストが下がっているのである。
  • これまでコンピューターが扱うデータは、「文字」(=記録)が中心であった。しかしこれからはブロードバンドで映像や音声データが大量に流通するようになる。さらに近い将来、360度の映像とサラウンドサウンドを一体化した「体験」に近いものも、データフォーマットが登場するだろう。音声や映像、体験など、これからは「記憶」をクラウド上に残すことができるようになる。
  • クラウド上にある“記憶”は、好きな場所からいつでも呼び起こすことが可能になるのも大きな変化である。それは、“脳のデジタル拡張”(=電脳)と言うべきものだ。これまでSFだった世界が、クラウドによって現実化されるのである。
  • 人間と電脳をつなぐインターフェイスもこれから改善が急速に進むものと期待される。よりスピーディかつダイレクトに、外部の記憶を呼び出すことができるようになっていく。2030年までには実現が難しいかもしれないが、将来的には脳内の記憶の一部をデジタルデータとして保存したり、脳の中の記憶を消去したりすることが可能になるだろう。究極的には脳内の記憶をすべてデジタルデータ化し、それを外部のストレージに保存することさえできるようになる可能性もある。脳内データのフルコピーは“生命のコピー”と言うべきものであり、倫理的に大きな議論を呼ぶだろう。
  • 「記憶力」という点では、パソコンでもコンピューターの能力は既に人間をはるかに上回っている。さらにクラウドロニクス環境では、ストレージ容量がほぼ無制限になるのだ。
  • クラウドによって、コンピューターは「学習」能力さえも身に付けるようになる。「コンピューターは学習できない」というのがこれまでの常識だった。だが、「ディープラーニング」と呼ばれる新たなアルゴリズムが確立したことで、エンジニアの理解を超えるレベルで「学習」できるようになった。これからは、人間は日々さまざまな情報をSNSなどに記録する。ネットワークにつながったデバイスやセンサーも、膨大なデータを大量に自動的に吐き出す。これらのデータを基に、コンピューターは新しいことを覚えたり、古いデータをアップデートしたりすることが可能になる。それが「学習」という意味である。コンピューターは自らの意志を持たないし、向上心もない。だが、環境が整うことでコンピューターが学ぶに等しいことができるようになる、ということである。これからのコンピューターは「学習」が当たり前となり、知識や能力を日々進化させていく。
認識・判断・行動
  • 分野にもよるが、これからはコンピューターが「判断」の面でも人間の能力を上回るケースが増えていく。「判断」もこれまで人間にしかできないといわれてきたが、その常識はこれからいろいろな分野で覆されていく。
  • どのような分野でも、予測や判断の土台となるのは、「過去の事実の積み重ね」である。コンピューターは大量の“記憶”を正確に蓄積することができる。さらにこれからは、ブロードバンドを通じて大量の新しいデータが刻々と流れ込むようになる。例えば医療分野では、新たな手術方法や投薬治療の結果など、日々新しい知見がデータとして世界中に公開されている。だがこれらを人間がリアルタイムかつ完璧に、毎日追い掛けることなど不可能だ。しかしコンピューターならそれが可能であり、最新の知見に基づいて判断することができる。しかも人為的ミスがない限り、その判断は限りなく「完璧」なのである。
  • 2016年3月、囲碁では世界最強と呼び声が高いプロ棋士が、グーグルが開発した「Alpha Go」との五番勝負で敗れたことが世界的な話題となった。さらに驚くのは、このAlpha Goのプログラムには囲碁のルールさえ組み込まれていないということだ。最初は過去の対戦データを基に、「囲碁とはどういうものか?」「どういう状態が勝利なのか?」を“教師の指導付き”で学習、その後はAlpha Go同士で3000万回もの対局を重ね、腕を磨いたそうである。3000万回というのは、仮にプロ棋士が1日10回の対局を365日続けたとしても、8200年以上かかる計算になる。つまりコンピューターは、人間の一生分をはるかに上回る経験や練習を積めるようになったということ。その結果、プロ棋士を上回る「判断力」を身に付けたのである。
「人工知能」の本格的な利用が始まる
  • 「クラウド」による大きな変化の一つは、コンピューターが「インテリジェンス」(知性)を持つようになることである。その象徴はNUI(ナチュラルユーザーインターフェイス)、つまり「音声」が本格的に使えるようになることだ。これからの時代、コンピューターと「話す」のは当たり前になる。ただ単に人間の言葉を理解できるだけではなく、方言やなまりにも対応し、さらには騒がしい場所などで音声が不明瞭な場合でも言葉を補完しながら認識できるようになっていくだろう。もし、分かりにくい部分があれば、聞き返して確認することも当たり前になる。人間が普段交わしている会話と同じことができるようになるということだ。
  • インテリジェント化によって、コンピューターは単に「話せる」ようになるだけではない。基本機能として「翻訳」は当たり前になる。海外の情報を参照したり、国境を越えてコミュニケーションを取ったりする際には、翻訳機能は不可欠だからである。コンピューターによる翻訳は、電卓で計算するのと同じくらい身近なものになっていく。
  • 「Google翻訳」をはじめ、スマートフォン用にさまざまな音声翻訳サービスが登場している。これらのサービスは始まってからまだ日は浅いが、パソコン時代とは比較にならないほど精度が上がっている。これもメイン処理が“スパコン”へと変わったからである。しかも、時間の経過と共に精度が目を見張るほど上がっている。ブロードバンドを通じて新しいデータが日々入手できるようになったこと、さらに「Google翻訳」は、脳神経を模したニューラルネットワークを応用して「学習」できるようになったことで、翻訳精度が一段と上がった。今後4~5年のうちに、学校で習った程度の語学力ではとても太刀打ちできなくなるだろう。
  • コンピューターとの会話はより高度になっていく。単純な受け答えだけではなく、同じ質問でもいろいろな答え方をしたり、時にはユーモアを交えたり、声に感情を込めたりできるようになる。さらなる人間味を求めて、キャラクターや性格付けという要素も加わっていく。2020年ごろから生身の人間と話しているのと区別がつかないくらいに、自然なイントネーションで会話ができるようになるだろう。また、「聞く」方についても、聞き取りの正確さだけではなく、言葉のトーン、表情などから相手の気持ちを汲み取ったりするなど、人工知能を生かした高度なコミュニケーションができるようになる。
コンピューティングの進化によって「働き方」が変わる
  • コンピューティングのインテリジェント化によって、人間に求められる能力や働き方が変わっていく。コンピューターが将来どれだけ進化しても、人間にしかできないことはたくさんある。先述した「判断」はその代表的なものと言える。過去の実績に基づいて判断するもの、白黒がはっきりしている領域の判断は、コンピューターへの置き換えが進んでいくだろう。“機械的な”作業における正確性では、人間はとてもコンピューターに敵わないからだ。
  • だがコンピューターが進歩しても、最終的に判断するのはあくまでも人間である。コンピューターは「責任」が取れないからだ。コンピューターも間違える。プログラムやデータが間違っていたことで、とんでもない結果を導き出すのは今でもよくあることだ。どれだけ記憶力に優れ、頭の回転が速くても、責任が取れなければ“半人前”でしかない。コンピューターはしょせん「道具」にすぎない。コンピューターが人工知能になって今後どれだけ進歩したとしても、その限界は将来的にも変わらない。
  • コンピューターは新しい「データ」や「情報」を作ることができても、「知識」や「知恵」は生み出さない。音楽やデザインなども創造しない。組み合わせによって新しいものは作れるが、コンピューター自身はそれを美しい、カッコいいなどと評価する「センス」を持たないからだ。同様に、善悪にかかわる判断も人間にしかできない。なぜなら、コンピューターには価値観がないからである。価値観は人それぞれであり、それによって善悪の判断も変わってしまう。
  • 無から有を生み出す「創造」や「構想」は、今後コンピューターがどれだけ進歩しても到達できない最たるものだ。既にあるものをなぞり、積み重ねることだけしかできない。創造や構想には「意志」が必要である。コンピューターは自らの意志を持たない。新しいビジネスを生み出すことも「創造」の一種である。新しいビジネスは失敗が当たり前、その積み重ねの中から成功への道を探すのが普通である。責任を持つことができないコンピューターは、そこにも限界がある。
  • コンピューターができない重要なことをもう一つだけ挙げるとすれば、顧客やパートナーの「信頼」を得ることだ。コンピューターは自ら意志を持たないし、当然自らビジネスをしたりもしない。ビジネスをするのは、いつの時代も「人間」である。クラウドによって、これからは人や企業が「つながる」のは当たり前になる。しかしコンピューターはどこまで進歩しても、「道具」や「手段」であることに変わりない。それを使って信頼関係を築くことは人間にしかできないことである。そのほか、交渉力、実現力など、人間にしかできないことはいろいろある。
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  • クラウド環境が当たり前になることで、これからは細かいデータを「暗記」することは、人間の能力としてあまり重視されなくなっていくだろう。日本の学校教育は、これまで記憶力を重視してきた。例えば鎌倉幕府の成立は1192年。「いい国(1192)つくろう、鎌倉幕府」という語呂合わせで暗記した人も多いはずだ。だが今は、手元には常にスマートフォンがある。必要な時に「検索」すれば数秒で “最新の”答えを見つけることができるのだ。実際、最近の研究では鎌倉幕府の成立年については諸説あり、1192年は定説ではなくなっている。情報や常識は時間の経過と共にどんどん変わっていくのである。
  • これまで知識は「本」に書かれたものが中心であった。だが紙の情報はstatic(静的)であり、書かれた瞬間から古くなっていく。一方、クラウド環境では、ネットワークを通じてさまざまなデータをリアルタイムでかつdynamic(動的)に手に入れることが可能になる。このような環境変化を背景に、求められる情報の収集方法が変わっていく。クラウド・コンピューティングを武器として使いこなすこと、そして重要な情報ソースとの信頼関係を維持することが重要になっていく。
  • 一般の学校で学ぶ程度の外国語も、スキルとしてはあまり意味がなくなっていく。コンピューター翻訳が日常生活の中で普通に使えるようになるからだ。それは英語はもちろん、フランス語やドイツ語、中国語、韓国語など多言語にわたる。2020年には日常生活で使うのなら困らない程度、さらに2030年ごろにはビジネスでも十分使えるようになり、ネイティブレベルでなければ太刀打ちできなくなる。
  • それは、「そろばん」がたどったプロセスと似ている。電卓や表計算ソフトが当たり前になった現在、暗算のスキルはそれほど重視されなくなった。どんなにそろばんが得意でも、正確性やスピードでコンピューターに勝つことが不可能なのは明らかだ。もちろん暗算ができるに越したことはない。だが、その能力を習得するために何百時間、何千時間と膨大な時間を費やすことになる。人生の時間は限られている。外国語を話すのも、何かの目的を達成するための「手段」であり、手段は時代と共に変わっていくのである。
  • 誤解がないようにもう少し補足すると、私は外国語を学ぶことを否定しているのではない。外国語の「プロ」や「専門家」になるなら話は別だ。コンピューターが実現できる翻訳レベルには限界がある。全体の流れや場の雰囲気、表情から真意を読み取ったり、言葉のニュアンスを感じ取ったりするなど、プロレベルの通訳ができるのは将来的にも人間だけだ。ポイントは、一般のビジネスマンは、難しい英語は要らないということ。多少たどたどしくても、“グロービッシュ”(国際的に広く使われている簡単な英会話)程度は自分の言葉で話せた方がいい。外国語を学ぶことは、その国の文化や考え方に触れることでもある。
  • 先進国としてビジネスのクリエイティブ志向が進む中、豊かな「ビジネス教養」を持つ人材が求められるようになる。クリエイティブには、その土台となる幅広い分野の知見が必要だ。一般には「ビジネス教養」と呼ばれる。雑多な知識は一見無意味なように見える。だがそれは、クリエイティブに必要な「土壌」なのである。それは豊かな土壌があってこそ、大輪の華を咲かせることに似ている。「電脳」がどれだけ進歩しても、自らの脳内に蓄積すべき情報はたくさんある。ポイントは、コンピューティングの進歩と共に、頭の中に蓄積すべき情報の種類や、人間に求められるスキルが変わることだ。クリエイティブはコンピューターにはできないことであり、だからこそ人間が担うべき仕事として強く認識されるようになっていく。
  • 人間の頭脳はさまざまな領域でコンピューターには全く敵わなくなる。だが、コンピューターに負けることを嘆いたり、畏怖している場合ではない。考えるべきは、「電脳」がいつでもどこでも使えるこの新しい環境を、とうすればいち早く使いこなせるか? そして、自分自身の能力をいかに高めるか? である。
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