2-1. 未来を創る3つのメガトレンド/ビジネス潮流の変化

2-1-2. コンピューティング革命としての「クラウド」



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コンピューティングは「モノ」から「サービス」へ
  • クラウドのビジネス面における変化は、コンピューティングが「モノ」から「サービス」へと変わることだ。少し前までコンピューターと言えばパソコンという「モノ」であった。それが近年、パソコンだけではなく、携帯電話やタブレット端末、テレビなどさまざまなものがネットワークにつながるようになり、パソコンと同じことができるようになってきた。コンピューティングの主役はクライアント側からデータセンター側へと移り変わった。それがコンピューターが「モノ」から「サービス」へと変わるという意味である。
  • コンピューティングはパソコンという「モノ」ではなく、データセンターの能力をブロードバンドを通じて「サービス」として提供する時代へと変わっていく。テレビやパソコン、携帯電話などは、その「サービス」を受け取るための「窓」の一つにすぎなくなる。
  • メーカーにとって重要なのは、商品力として競争すべきポイントが変わることである。例えば、これまでテレビの開発競争と言えば、「画面映りが一番良いのはどのメーカーか?」であった。しかし、スマートテレビの時代になると、タブレット端末と同じように、日々新しいアプリケーションやサービスが追加されるようになる。音声認識でチャンネルを操作することもごく普通になるだろう。つまり、これからテレビの性能を決めるのはクライアント側のハードウェアではなく、データセンターやデジタルサービスへ変わっていくということだ。
インターフェイスの変化
  • クラウドは、約20年ぶりの「コンピューティングの革命」である。クラウドによるコンピューティングの変化はいろいろあるが、その象徴とも言うべきは「インターフェイスの変化」である。現在広く使われているWindowsやMacintoshでは、図形をマウスなどのポインティングデバイスで操作するGUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)と呼ばれる方式が使われている。日本でWindows 3.1が登場したのが1993年。その前に使われていたMS-DOSでは、キーボードを使ってコマンドを入力するCUI(キャラクターユーザーインターフェイス)と呼ばれる方式が一般的だった。Windowsの登場によって、コンピューターを直感的に操作できるGUIへと変わり、利用者が急速に増えていった。そのころからMacintoshも本格的な普及が始まった。
  • この20年、確かにパソコンの処理スピードは速くなり、画面はより大きく奇麗になった。しかしGUIという本質は何も変わっていない。だがここにきてそれが大きく変わり始めた。それは音声や映像がインターフェイスとして本格的に使えるようになり始めたことである。今まで「音声認識は使い物にならない」というのが半ば常識であった。それがなぜ、こんなに急速な進歩を遂げたのだろうか。データセンターは、構造的には“スーパーコンピューター”(スパコン)と同じである。そしてブロードバンドの特徴の一つは、映像や音声をスムーズに流せることである。この2点が重なったことで、音声インターフェイスが一気に実用レベルに達したのだ。
  • ブロードバンドを通じて“スパコン”を自由に使えるようになったことで、最近のスマートフォンでも音声ベースでの翻訳、さらには多言語の翻訳までできるようになってきた。しかもその精度は驚くほど良くなっている。音声認識と翻訳のメイン処理を担っているのは“スパコン”だからである。これまでのおよそ20年はパソコンの時代であった。それがこれからの20年は「クラウド=スパコン」の時代へと変わる。だから今までできなかったことが可能になり、革命的とも言うべき進化を遂げつつある。音声翻訳が実現し始めたことは、クラウド・コンピューティングが従来とは次元の違う環境になったことを端的に示すものである。
  • 初期のころは「IT=パソコン」であった。コンピューティング環境はパソコン1台の処理能力に頼るものだった。それが「ICT」と呼ばれる時代になり、ITとネットワークは不可分なものになった。パソコンはサーバーと連携し、必要に応じてその能力を使うのが当たり前になったからである。そして「クラウド」である。クラウドは「ブロードバンド」環境を前提に生まれたものだ。ブロードバンドの特徴は「常時接続」、そして映像や音声をスムーズに流すことができることである。その新しい環境によって、ネットワークの向こう側にあるデータセンターの処理能力を「サービス」として利用できるようになった。
  • デバイスやセンサーはブロードバンドによって「デジタルサービス」と一体化し、「モノ+サービス」で一つの商品として取り扱われるようになる。その概念はスマートフォンを例に考えれば理解しやすい。スマートフォンという商品はエレクトロニクス(モノ)ではなく、ブロードバンドやデータセンターの部分を含めた「システム」である。これからの時代、あらゆるエレクトロニクスはコンピューティングと融合する。この新しい環境を本レポートでは「クラウドロニクス」と呼んでいる。

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  • 近年、半導体の微細化が限界に近づいたことで、「マルチコア」と呼ばれる複数の演算コアを使うことが一般的になってきた。「クラウドロニクス」では演算処理の中心はデータセンター側へと移る。そこでは多数の演算コア(メニーコア)を並べて「超並列処理」を行う環境へと変わっていく。これはスーパーコンピューターと同じ仕組みであり、既に実用化されている技術ではある。だがコンピューターエンジニアにとっても、データセンターはまだなじみが薄い、難しい分野である。さらに近い将来、データセンター同士が連携し合ってタスクを分散処理する「グリッドコンピューティング」も当たり前になる。これについては本項目の後半で改めて解説する。
  • これまでコンピューティングの高性能化は、主に微細加工技術(=半導体の「質」)を追求するものであった。それがクラウドロニクスでは、汎用の半導体を使い「数」を増やすことでパワーを高める環境へと変わる。タスクの種類にもよるが、理論的には演算コアの数を増やしそれを使いこなせることができれば、コンピューティングの性能をいくらでも高めることができる。しかも近年、ストレージのコストは1GB当たり3円以下と劇的に下がったことで、利用できるデータ容量は事実上無制限に近くなった。クラウドロニクスがもたらすコンピューティングパワーは今までとは桁違いなのである。
  • このような革命的進化によって実現されるのが、コンピューティングの「インテリジェント化」である。端的に言えば、これまで“SF”の世界でしかなかった「人工知能」を実際に作れる環境が整った、ということである。そしてこのインテリジェント化を象徴するのが、操作方法として音声や映像を使うNUI(ナチュラルユーザーインターフェイス)である。
  • これからの時代、スマートフォンを持つことは、“スパコンをぶら下げて歩く”ことと同じになる。同様に、テレビの向こう側には、スパコンがある。自動車も、目には見えないだけでスパコンとつながりながら走るようになる。そして、人間はこれらのデバイスと「会話」することが普通にできるようになる。それがビジネスにどれほど大きな変化をもたらすのか、想像してみてほしい。操作方法、デザイン、マーケティング上の訴求ポイントなど、いろいろなことが変わる。それがクラウドによって始まる新しい世界なのである。
  • ブロードバンドが前提になることで、映像もインターフェイスとして本格的に使えるようになる。映像のインターフェイスというのは、「ジェスチャー」 である。CMOSカメラを通じて、顔の表情や眼や手の動きなどを分析し、それをコマンドとしてコンピューターを操作することが実際に可能になりつつある。「身振り手振り」は人間同士で普段使っているコミュニケーション手段であり、NUIの一種である。映像を使うインターフェイスは、ブロードバンドによって映像データを瞬時に送れる「クラウド」だからこそ実現できるものだ。マイクロソフトの「Kinect」 はその代表例と言えるだろう。
コンテンツは「映像」から「体験」へ進化
  • クラウドによってコンテンツも大きく変わる。インターネット上で流通するコンテンツは、Webサイトに象徴されるように長年にわたって文字や図形・写真が中心だった。しかし近年はブロードバンドの普及によって映像や音声コンテンツが増え、さらに高精細化も急速に進んでいる。クラウドロニクス環境では、さまざまなタイプの映像コンテンツが利用できるようになる。具体的には「4K」「8K」といった高精細映像、さらには3D映像も当たり前のように提供されるようになる。これらは地上波放送では、技術的にもビジネス的にも提供が難しいものだ。このことは、映像配信の主役が通信へ移り変わることを意味する。
  • 映像が進化するという点でもう一つの変化は、「360度」の動画配信が可能になることだ。それを最も効果的に使うためのデバイスがHMD(ヘッドマウントディスプレイ)である。HMDの圧倒的な没入感は平面ディスプレイとは別次元である。サラウンドサウンドと共に利用することで、「体験型」コンテンツという新しいカテゴリーが生まれる。ゲームやコンサート、映画などのほか、バーチャル旅行など、幅広い分野で新しいエンターテインメントを生み出していく。
  • 4K/8K、そして3D化の主戦場は、この360度体験型映像になるだろう。3D映像はテレビが主役と考える人が依然多いが、事実として3D対応テレビはほとんど普及していない。一方、3D技術は一人称視点が基本であり、HMDと相性が良い。HMDはあまりにリアルであるため、映像は立体でなければ逆に不自然さを感じる。360度体験型では3D技術との融合は必然である。画質という点でも現在の標準であるフルHD(2K)では解像度が荒く、不十分だ。HMDは4K/8Kへと急速に移行が進んでいく。
多様化するクライアント、商品カテゴリーが変わる
  • 近年、スマートフォンやタブレット端末、テレビなどさまざまなものがネットワークにつながり始めた。これからネットワークにつながるデバイスは、もっと多種多様になっていく。クラウド環境ではデータセンター側で主要な処理が行われるようになる。クライアント側では「窓」としての機能があれば十分である。クライアント側のハードウェアは非常にシンプルで作りやすくなり、多種多様になっていく。それが「IoT」を加速させる。
  • 未来を予測するという仕事をしていると、特にエレクトロニクス業界の方々からよく尋ねられるのは、「テレビは今後どのように進化するのか?」ということである。そもそも「テレビ」とは何だろうか? 「テレビ」をあえて定義するならば、「放送電波受像機」である。しかしながら、利用者の目的は放送電波を受信することではない。目的は番組を視ることである。そのための「手段」として、放送電波を使っているにすぎない。かつてはそれしか方法がなかったからである。ブロードバンドの特徴の一つは、映像がスムーズに流せることである。そのようなインフラ環境が用意されたのに、なぜ放送電波を受信し続ける必要があるのだろうか? しかも通信ならば「双方向」のやりとりができるようになる。これが放送に対する決定的な優位性である。
  • 結論から言えば、次のテレビは「テレビ」ではない。放送を受信する機能は商品全体の価値のごく一部、あるいは数あるサービスの中の一つにすぎなくなるだろう。次世代のテレビは、「スマートテレビ」という名称が一般には使われる可能性が高い。だがそれは機能的に見れば「パソコン」に近いものになる。
  • それと似たようなことは既に「電話」で起こっている。スマートフォンでは「通話」は機能の一つにすぎなくなっている。それどころか、SkypeやFaceTimeなどのアプリケーションを使えば、国際間のテレビ電話さえ無料で利用できるようになった。ブロードバンドが前提としてあることで、「通話」は一つの無料サービスにすぎなくなった。スマートフォンは、過去の経緯から「フォン」(=電話の延長線上)と見なされているが、機能的には「パソコン」に近い。そしてこれからテレビでも全く同じことが起こる。
  • クラウドによるクライアントの大きな変化は、プロダクトのカテゴリーが大きく変わるということである。クラウド環境でネットワークにつながるデバイスは、基本的にできることは同じである。クライアント側の機能は「窓」しかないからだ。従来、例えばパソコンでは、いろいろなメーカーの機種を調べて、どちらのハードが性能的に優れているかを競ってきた。しかし、今後はそういうことはナンセンスになる。主要な機能の大半はデータセンター側に移るからだ。
  • 「スマートフォン」や「タブレット端末」、「スマートテレビ」など名称は異なっても、できることは基本的に同じだ。「テレビ」や「電話」といった名称は、20世紀・モノの時代、工業化社会だった時分のくくり方なのである。ネットワークにつながるすべてのデバイスは、「スマートディスプレイ」と呼ぶべき同じカテゴリーに収斂されていく。
  • 例えばスマートフォンでも映画を見ることはできる。しかしそれで十分楽しめるだろうか? 1人で鑑賞するにしても、映画を楽しむなら、タブレット端末くらいのディスプレイサイズは欲しいところだ。家族みんなで映画を楽しむのなら、リビングルームにテレビ大のディスプレイが必要である。それは今後も変わらない。機能は同じ、違うのは「大きさ」と「場所」、そして「役割」である。

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  • スマートフォン市場は、近年高い成長率が続いていた。そのため、今後も高い成長が続いていくと先行きを楽観視する業界関係者は多い。だがこれまで解説してきたように、スマートフォンはスマートディスプレイの一種にすぎない。そしてスマートフォンの主な役割は、スケジュールなどを「確認」すること。あるいは電子メールやSNSのメッセージ、Webページなどを「読む」ことである。一方、これから腕時計やグラス型など、さまざまなウェアラブルデバイスが登場する。これらのデバイスは、主に「確認」する役割を担うことになる。
  • ウェアラブルデバイスの登場によって、一定の人々は「確認」はウェアラブル、「読む」ことはタブレット端末と使い分けるようになる。さらに、小型のタブレット端末も、スマートフォンが担ってきた役割と重なる部分が増えてくる。スマートフォンは将来的にも残る。だが、タブレット端末とウェアラブルの両方に挟まれる形で、需要はなくなりはしないが頭打ちになる可能性が高い。
  • パソコンはこれまで作業用デバイスとしては独壇場であった。キーボードは20年以上にわたって使われ、その操作に熟練した人たちも多い。キーボードは2030年になっても残ってはいるだろう。だが一方、クラウドによって今後音声認識が当たり前になる。そして音声による入力スピードは、キーボードをはるかに上回る。取り外し可能なキーボードが付いたタブレット端末は、後に述べる「スマートPC」と機能的にはほぼ同じである。若い世代を中心に、キーボードは必要に応じて使うというスタイルの方が一般的になっていく。作業用デバイスとして、パソコンとタブレット端末の競合が激しくなっていくと私は予測する。
  • パソコンについては、今後「スマートPC」へとシフトが進んでいく。見た目は従来とあまり変わらないものの、処理機能の大半がデータセンター側にシフトし、クライアント側はディスプレイ+キーボード+α程度のシンプルなものである。データセンターは“スパコン”であり、ネットワークを通じて結果を送ることさえできれば、コンピューターで実現可能なことは基本的には何でもできてしまう。シンプルなクライアントでも、パソコンよりはるかに高い性能を手に入れられる。スマートPCは、ウルトラブックの進化系と考えると分かりやすい。脱着式キーボードが付いたタブレット端末と性能面ではほとんど変わりなくなる。
  • テレビは「スマートテレビ」へと進化していく。機能的にはパソコンやスマートフォンに限りなく近いものだ。「(複数で)楽しむ」ためには、リビングルームにも大型のディスプレイは将来的にも必要であることは変わらない。放送はスマートテレビの中の機能の一つにすぎなくなる。テレビ番組に相当する映像コンテンツの大半は、ネットで配信されるものが多くなる。テレビ番組を視聴するより、ブロードバンドを通じてさまざまなサービスが利用する方がメインになっていく。“ガラケー”からスマートフォンへと移行したのと同じようなプロセスをたどる。
  • 2020年ごろから、テレビはさらにもう一段進化が始まると予測する。それは、人工知能をフルに生かした「エージェント」を搭載し、本格的な会話ができる「インテリジェントテレビ」である。テレビと音声でやりとりしながら、好みの番組を探したり録画予約したりする、といったことが可能になるだろう。さらには“お茶の間トーク”に付き合ってくれたり、自分が求める商品やサービスを探してくれるガイド、用事を頼まれてくれるコンシェルジュとしての機能(あるいはその窓口)を果たすようにもなっていく。そのころには、ブロードバンドを通じて8K映像も提供可能になる。
  • 人工知能+8Kが相まって、大型 “テレビ”はかなり復権すると私は予測している。8Kの超高精細映像が生きるのは、60インチ超の大型ディスプレイだからである。放送番組そのものはネット配信でも視聴できるようになる。しかしリビングルームの大型ディスプレイでゆったり楽しむスタイルが見直されることになるだろう。
  • 「(屋外で)眺める」という役割を担うのは、「デジタルサイネージ」である。これは外枠が狭い液晶ディスプレイを複数組み合わせたものや、LEDを画像素子として使ったものが、既に屋外広告などで利用されている。今後はより薄く軽量で、高精細、そして省電力なものへと進化し、さらに普及するだろう。そしてスマートフォンやウェアラブルデバイスとの連携が当たり前になる。
  • 腕時計型からデジタルサイネージまで、大きさや形は違うが、機能的にはすべてブロードバンドにつながるディスプレイ、すなわち「スマートディスプレイ」であることに変わりはない。これらは将来的には同じカテゴリーとして扱われるようになっていく。
センサーネットワークの広がり
  • センサーは「クラウド・コンピューティング」の主役である。医療や農業、自動車、エネルギー、セキュリティなど、さまざまな分野で神経や毛細血管のようにコンピューティングを広げていくからだ。これらの分野でもコンピューターは従来から使われていた。しかしそれは、業務系や事務機器、情報端末としてである。ここで言う「コンピューティング」とはそういった意味ではない。例えば、自動車分野であればコネクテッドカー、農業分野なら精密農業、エネルギー分野ならスマートグリッドのように、コンピューティングがなければその産業が成り立たない、というレベルまで浸透するということである。
  • センサーはこれまで何かのデバイスに組み込む「部品」という扱いであった。しかしクラウド環境が整うことで、センサーからデータを送り出すシンプルな機能があれば、後はブロードバンドを通じてデータを吸い上げることができるようになる。そしてデータセンターでデータを溜めることも処理することも可能になる。センサーを通じて自動的に流れ込むデータ量は膨大である。これがいわゆる「ビッグデータ」である。これを活用することで顧客と緊密につながることが可能になる。
  • ビッグデータが持つ大きな価値は、それを分析することによって、高い精度でさまざまな「予測」が可能になることだ。将来起こるであろうことが事前に分かるようになれば、モノの価値を高めることができるようになる。例えば自動車なら、同じ車種のデータを膨大に蓄積し、それをセンサーから得た情報と照らし合わせ、実績に基づいて故障個所や時期を予測するといったことだ。「壊れる前に修理」できれば、自動車の信頼性を格段に高められる。これはほんの一例にすぎない。センサーネットワークが幅広い分野に広がることは、さまざまな産業のビジネスモデルが変わるということでもある。
  • クラウドロニクス化によって、コンピューティングはさまざまな産業の土台となっていく。今まであまりなじみがなかった分野との融合が進む。パソコンの普及から約20年。コンピューターは、エレクトロニクス・ICTという「内海」から、ようやく「外海」へ出航したところだ。コンピューターの歴史はまだ始まったばかり。“本番”はこれからなのである。
「クラウドロニクス・プラットフォーム」
  • クラウドロニクスにおいて、データセンターは巨大なサーバーではない。コンピューター本体である。従来コンピューターはパソコンという「モノ」であった。それが“スパコン”であるデータセンターの処理能力を、ブロードバンドを通じて「サービス」として提供するものへと変わる。このデータセンターは、開発環境やメディア/コミュニケーション、ストレージ、検索エンジンとインターフェイスを兼ねた「エージェント」など、さまざまな機能を併せ持つ。これは従来にはなかった概念であり、本レポートではこれを 「クラウドロニクス・プラットフォーム」と呼ぶ。

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  • クラウドロニクス・プラットフォームは「開発環境」としての役割を果たす。これは、開発の中心がクライアント側からデータセンター側へと移り変わることを意味する。従来、開発環境と言えばWindowsやMacintosh(Mac OS)などクライアント側で開発されるのが当たり前だった。それが最近では、例えば法人ならアマゾンの「Amazon Web Service」(AWS)やグーグルの「Google Cloud Platform」(GCP)などを活用するなど、データセンター側での開発が一般的になっている。パソコンのOS市場を制覇したマイクロソフトも、Windowsの開発環境をデータセンター側へシフトさせる「Windows Azure」を積極的に推進している。クラウドでは、ユーザーが複数のクライアントを利用する前提に変わった。そのため、どのデバイスからも同じ環境にアクセスできた方が都合が良いため、開発環境がデータセンター側に変わるのは必然である。
  • クラウドロニクス・プラットフォームは、さまざまなデバイスから、ネットワーク、データセンターまでが一体化した「システム」である。“スパコン”を含めた開発環境を自前で用意することは、エンドユーザーはもちろん、一般企業でも難しい。そのため、ほとんどの会社はこのプラットフォームをサービスとして利用するようになる。結果的にクラウドロニクス・プラットフォームの保有企業を軸に、いくつかの企業グループが形成されることになる。
  • クラウドの特徴は、クライアント側もある程度の処理能力を持ち、データセンター側と「連携」することである。その点が完全にホスト側に頼っていたかつての汎用機の「シンクライアント」とは根本的に異なる。どこまでをクライアント側の機能として持たせて、どこからデータセンター側で処理するのか。システム全体をどのように設計するかによって、全体のパフォーマンスは大きく変わる。エンジニアはハード・ソフト・ネットワークにわたる広い視野と、システム全体の設計力が問われるようになっていく。
  • クラウドロニクス・プラットフォームは、メディアやコミュニケーションとしての役割も果たす。例えばFacebookのアクティブユーザー数は、2016年12月末時点で18億6000万人にも上る。このことをよく考えてみてほしい。Facebookは、その気になれば 18億人以上のユーザーに瞬時に情報発信できるということだ。史上最大の“マスメディア”が現実的に誕生しているのである。SNSはチャットや音声通話機能などを兼ね備えており、世界中どこでも双方向で「コミュニケーション」を可能にする。これは従来、電話や電子メールなどが担っていた役割である。クラウドロニクス・プラットフォームは、これらを一気に置き換えようとしている。
  • クラウドロニクス・プラットフォームは、「ストレージ」としての役割も果たす。サービスを提供する側にとって、データを預かることは顧客の囲い込みにもつながるからだ。従来、データの保存は、個人であればCDやハードディスク、フラッシュメモリなどを利用、法人であれば部門単位でサーバーを持つのが一般的だった。だが最近は、グーグルやマイクロソフトなどが提供するストレージサービスの利用が増えている。データはクラウド上に保存する方がむしろ常識になっていく。
  • クラウドロニクス・プラットフォームは、「エージェント」機能を提供する役割も果たす。エージェントは音声インターフェイスと音声対応の検索エンジンを兼ね備えたものである。現在のコンピューティング環境では、インターフェイスはWindowsやMacintosh、Androidなど、GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)が主に使われている。検索エンジンはYahoo!やGoogleなどが主に使われているが、これは文字ベースのサービスである。エージェントは音声をベースとする、これらの「次」を狙う戦いである。具体的にはアップルの「Siri」、グーグルの「Google Now」、マイクロソフトの「Cortana」、アマゾンの「Echo」など、エージェントのシェアを争って各社がしのぎを削っている。検索エンジンを押さえれば、ユーザーが求めるものを真っ先に知ることができる。グーグルの時価総額が今や約60兆円(2016年11月)に達していることからも分かるように、エージェントビジネスの成功は莫大な富をもたらす。
  • エージェントは、クラウドベースのサービス開発には欠かせないものになる。音声インターフェイスの利用が当たり前になるからだ。だが音声インターフェイスを実現するためには、専用のデータセンターが必要になる。しかしそれを自前で用意するのは非常に難しい。さらに音声ベースの検索エンジンを併せて用意するとなると、ほとんど不可能に近い。結果的に、プラットフォーム側が提供するものを利用する以外に選択肢はなく、開発面での連携が不可欠になる。
  • 私たちの日常会話は文法は適当であったり、略語やスラングなども含まれる。人間同士の会話であれば問題はないが、コンピューターにとっては理解が難しい。音声認識の精度を一定以上まで高めようとすれば、バックグラウンドには「人工知能」が不可欠になる。同様に、自然なイントネーション、外国語の翻訳へ対応するためにも、人工知能の実装が必要だ。検索エンジンは、音声対応と共に人工知能と融合すること。そしてクラウドロニクス環境では、「データセンター=人工知能」を誰もが当たり前のように利用するようになる。人工知能は次のコンピューティングそのものである。
マルチコアから「メニーコア」「超並列処理」へ
  • 近年、半導体ではマルチコア化が進んでいる。これは微細加工の物理的・経済的限界が近づいたため、「数」でパフォーマンスを高める方針へと転換したためである。だが、半導体は単に演算コアを並べただけではパフォーマンスは上がらない。そのコアをどのように使うかで性能は大きく変わる。そして、それをコントロールするのは「ソフトウェア」の役割である。
  • 半導体分野における「ソフトウェア」は、従来とは比べ物にならないくらい重要になっていく。シングルコアの時代はハードウェアの性能だけをひたすら追求していればよかった。しかしメニーコアの時代は、ハードとソフトのコラボレーションが不可欠になる。ハード至上主義から「ハード+ソフト」への発想転換が求められるようになる。
  • 今後「組み込み系」と呼ばれる周辺ソフトウェアや、「ミドルウェア」と呼ばれるシステム系のソフトウェアの重要性が高まり、先進国クオリティの鍵を握る分野として注目を集めることになるだろう。IoTによって、これからは多種多様なデバイスが求められるようになる。だが単に動くだけはなく、良いもの/信頼性の高いものを作るためには、「作り込み」が必要である。システム全体の設計や組み込みソフトウェアがクオリティを左右する。これらに対応するためには、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークをそれぞれ深く理解し、最新の専門知識と経験を持つプロフェッショナル人材が必要になる。だが、このような専門人材の育成には時間がかかる。だからこそ、これらの分野は先進国の強みとして再認識されるようになる、ということだ。
  • マルチコア化は「分散処理」の本格化を意味する。そういう点でも、クラウド環境は従来のコンピューティングとは一線を画する。さらに言えば、クラウドではそれぞれのコンピューターがブロードバンドでつながっている。ネットワークを通じて、ほかのコンピューターを利用した分散処理も可能になるということだ。専門的には「グリッド・コンピューティング」と呼ばれるものである。
  • 「メニーコア」と「クラウド・コンピューティング」を最大限に生かすために、分散処理、さらには「超並列処理」が求められるようになる。デバイス上、ネットワーク上の複数の演算コアを効率よく使うためには、優れたソフトウェアが鍵になる。開発ベンダーは、システム全体を見渡せる「総合力」が問われる。
  • 「メニーコア」環境では、「低コスト化」と「低消費電力化」が極めて重要なテーマとなる。メニーコアは、いわば“豆電球の並列つなぎ”のようなものである。演算コアを増やせば性能アップは容易になるが、「コスト」と「消費電力」は幾何級数的に上がってくる。ピークパワーを使うのは、大抵の場合ほんの一瞬である。高い性能を実現するのは当たり前だが、低いコストで低消費電力なシステム、すなわち「コストパフォーマンス」をいかに高めるかに重点が移り変わっていく。同じハードウェア資源でも、システムの設計やソフトウェアのクオリティでパフォーマンスは劇的に変わる。低コスト化・低消費電力化の鍵を握るもの「ソフトウェア」である。ソフトウェア開発に強い会社が、最終的にはクラウドロニクス・プラットフォームの覇者になるだろう。
クラウドロニクス時代の覇者は誰か?
  • クラウドロニクス・プラットフォームは、「人工知能」や「音声インターフェイス」、「検索エンジン」などを提供するだけではなく、「開発環境」、「メディア」や「コミュニケーション」、「ストレージ」としての役割を同時に兼ね備える。これらはコンピューティングに求められる機能のほとんどすべてである。クラウドロニクス・プラットフォームの覇権を握る企業は、コンピューティングの世界において絶対的なパワーを持つようになる。IT業界では、これまでマイクロソフトやアップル、グーグルなどさまざまな“強い”企業が出てきた。しかし、クラウドロニクス・プラットフォームを支配する企業の強さはこれらの比ではないだろう。
  • では、具体的に今後どの企業がクラウドロニクス・プラットフォームを握るのだろうか。結論から言えば、まだ分からない。現時点ではアマゾンが明らかにリードし始めたが、それ以外にもグーグルやアップル、マイクロソフト、フェイスブックなど、いくつかの候補はある。だが、急成長していた企業が突然足元をすくわれることはIT業界では珍しいことではない。どの企業もまだ発展途上にあり、それぞれ一長一短である。現時点ではどの企業もプラットフォームの形成には至っていない。新興ベンチャーが出てくる可能性も皆無ではない。それぞれアプローチは違うものの、究極のゴールである「クラウドロニクス・プラットフォーム」の覇者を目指すのは同じである。
未来予測アップデート:第11回「未来予測コミュニティ」ミーティング(2017年7月20日開催)
音声インターフェイス ~人工知能の入口

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未来予測アップデート:第12回「未来予測コミュニティ」ミーティング(2017年10月17日開催)
人工知能は“耳の中”へ ~究極のウェアラブルの一形態

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